集積所

てきとうに文章を書いたりします

11/16 良い事

 

 

 

バイト先の店長は、会う度に「最近いいことあった?」と私に尋ねる。

私は決まって、「まあ…ないですね」と半笑いで答える。

店長は、私が半笑いでこう言うのをただ見たいがためだけに、答えが最初から分かりきっている質問をするのだと思う。

 

私はというと、聞かれるたびに一度は頭の中で「良い事」があったかどうかを思い出そうと試みているが、結局あまり思い出せずにないと答えている。

 

ただ、思い出せないだけでたぶん「良い事」はある。

例えば、なぜだかわからないけど夢の中ですごく落ち込んでいた時に、ずっと隣で頭を撫でてくれた人がいたとか、なぜか大皿に大盛りのナポリタンをたらふく食べ続けたこととか、中くらいの船で世界一周したりとか。

 

夢の中では良い事ばかりなんだけれど、一方で店長は、ある日私に悪い夢を見たと言ってきた。

夢の中では、私が店で何かミスをして、店長が怒ったら私が泣き出して店を出て行ってしまったらしい。

 

私は何も悪くないけど、なんだか申し訳ない気持ちになって、なんかすみませんと言った。

 

「でも、店長は私の泣くところを一回も見たことがないはずなのに、夢に出てくるなんてなんか面白いですね。」

私はそう言ってから、どんな風に泣いていたんですかと興味本位で聞いた。

 

「なんか手で顔を抑えてウッウッって感じで、顔は見えなかったから本当に泣いてるのかどうかはわからなかったけど、なんか私が泣かせたみたいですごい嫌な気分だった気がする。」

店長はそういうと、夢の中での私の泣き真似をしてみせた。

私は少しムッとして、そんな泣き方しないですよと反論したけど、実際はそんな感じかもしれないと思って視線を逸らした。

 

「でも、その後なんかすごいスッキリした顔で帰ってきて、大丈夫?って聞いたらもう大丈夫ですって言うから、なんか良い事でもあったのかなって。誰か慰めてあげたりしたのかな」

 

 

 

それから何日か後、本当に店でミスをして店長に怒られた。

その日はちょっと落ち込んでいたので、また夢の中で「良い事」が起きるように祈りながら、布団を被った。